元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。
今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような青白い顔の月である。
この平塚らいてうによる有名な宣言で始まる「青鞜(せいとう)」が発刊されたのが 1911 年9月であった。日本ではじめての、女性のみによる文芸誌であり、明治から大正に変わる激動の時代に、何一つ変わることのない抑圧された女性たちに向けて、女性解放が高々と宣言された瞬間であり、当時の多くの女性たちは奮い立ち、男性たちは罵声を浴びせかけた。平塚らいてうの創刊の辞と共に、与謝野晶子の一遍の詩が巻頭を飾った。
山の動く日来る。
かくいへども人われを信ぜじ。
山は姑(しばら)く眠りしのみ。
その昔において山は皆火に燃えて動きしものを。
されど、そは信ぜずともよし。
人よ、ああ、唯(ただ)これを信ぜよ。
すべて眠りし女今ぞ目覚めて動くなる。
この詩はその後も女性解放運動の旗印として引き継がれ、かつて社会党党首であった土井たか子もこの詩を事務所に飾り常日頃から眺めていたという。
戦前から女性解放運動に人生を捧げた女性として市川房枝(1893~1981)を忘れることはできない。
男性が圧倒的に優先される戦前の日本社会において婦選運動(女性参政権運動)を立ち上げ戦時中もその灯を絶やすことなく守り続けた政治家である。その人生は常に男性によって社会的、文化的に創り出された女性観との闘いであった。戦前の国体は男尊女卑が徹底された家制度を基盤として考えられていた。戦後に取り組んだ国連の女性差別撤廃条約への批准では、谷垣専一文部大臣から「日本古来の婦人の美徳がなくなる。女性はしっかり家庭を守ることが大事だ。女性が家庭を振り向かなくなったら日本の国は衰退する」といった発言まで飛び出した。戦後まもなくではなく、1980 年の発言である。市川は人生を賭して男性的女性観に抗い続けた。
青鞜創刊から 110 余年、多くの女性たちの絶え間ない壮絶な努力によって、噴き出したマグマがゆっくりと動き続けている。JAMの賃金全数調査を分析すると、男女間の賃金格差は確実に縮小しており、2000 年に女性の賃金は男性の賃金の 75.1%に過ぎなかったが、2023 年には 89.3%まで改善した。年齢別に見ても改善傾向にあるのは明らかである。
しかし、ここで踏みとどまってはならない。まだ 10.7%も不当な格差があることを忘れてはならない。これは女性だけの問題ではない。我々男性の問題でもある。男性にも家族と共に人生を謳歌する権利がある。最後にJAMに集うすべての組合員に問う。山は動いているかと。
もはや女性は月ではない。
その日、女性はやはり元始の太陽である。真正の人である。
ものづくり産業労働組合JAM
会長