モノづくりに携わる女性:その3

光の粒子をつかまえる

掛 井 真理子さん

(浜松ホトニクス労働組合)


最新の技術に人の手は不可欠
 「光電子増倍管」。なじみのない言葉だが、病院の検査などでお世話になっている。たとえば、血液検査・尿検査では、血液や尿などに存在する微量のホルモン、薬剤、ウィルスなどの抗原抗体反応(アレルギー反応など)の特異性を利用して健康状態の把握、病気の診断、治療薬の効果などを調べるが、その時の検査機械の中に「光電子増倍管」が使用されている。
 「光電子増倍管」とは、受けた光を電子に変え、その電子を倍増させ、信号出力として情報を送る真空管。光センサの中でも極めて高感度、高速応答な検出器で、光を電子に変換する陰極(光電面)、収束電極(変換した電子を集め増倍部へ送る)、電子増倍部、増幅した電子を集める陽極を真空の容器に納めたもの。微弱な光を測定したり、光の種類が選別できるため、医療機器以外でも油田の探査、放射線計測などの機械に使われている。そのほか、ロケットや人工衛星に搭載され様々な光の観測に利用されている。身近なところでは、カラースキャナなどにも内蔵されている。
 掛井真理子さんは、浜松ホトニクス豊岡製作所で「光電子増倍管」を製造する部署に勤務し、主に医療分野に利用される光電子増倍管を製造している。
 掛井さんの勤める第22部門では、収束電極、電子増倍部を納めたガラス容器を試験管のようなガラス管に取り付けて、排気を行い高真空にして、光電子増倍管の先端になる方の内側に光電面をつくり、容器の底の部分を閉じる、という工程を行う。底を閉じるまで全てが手作業で行われている。
 掛井さんの仕事場へ取材に行ったときは光電面をつくる作業をしていた。
 試験管のようなガラス管の先に取り付けられた増倍管になる部分を箱の形をしたオーブンに入れ暖める。反対側のガラス管からアルカリ金属を移動し蒸発させ、先端の受光面に付着させて光電面をつくる。
 すると光電面は透明なガラスに茶色の薄いフィルターを貼ったような状態になる。
 掛井さんは、スムースな手の動きでアルカリ金属をオーブンに出し入れしていた。その手によって、光の粒子を1個2個と数えるような微弱な光を受け取り、生体物質の分子まで映し出す情報を与える高感度な光電面がつくられている。
 光には波長によって赤外線、紫外線、可視光、X線などに分けられるが、光電子増倍管は測定機の用途に応じて拾う光を選別することができる。形状はもちろん、光電面も受光する光によってアルカリ金属の種類や量を微妙に変えてつくられる。蒸着するアルカリ金属の割合や量で光を受ける感度も変わる。
 作業途中では、光電面の感度がどこまで出ているか、光をあてて調べる。
 要求される感度は製品によって決まっているが、その感度を出すためのアルカリ金属を蒸発させる時間やタイミング、微妙な割合はその人の経験とカンによるほかない。


通信簿をもらうような気分が楽しい
 掛井さんは、浜松ホトニクスに入社して14年目。1年間の研修期間を経て第22部門に配属され、今年で13年目になる。第22部門には30人が働き、女性は掛井さん1人。現場で働く数少ない女性だ。
 今の仕事は会社の作業マニュアルに沿って行っているが、ある程度自分のカンが必要とされるところもある。そのため、自分で工夫しながら仕事がやりやすいように、マニュアルを変えていくこともできるという。「日々経験する中で、自分で何かを発見することが大切」という社風がこういうところからも実現されている。
 マニュアル化された一連の作業だが、すべてが手作業のため自分で工夫し、仕事の配分も自分で調整できる。また、製品もまったく同じものはできないそうだ。
 掛井さんは日々の仕事が楽しいという。
 「苦労するところは」と聞くと、光電面をつくる前のガラス管の取り付けと底の部分を閉じる作業が難しいとの答え。バーナーを使ってガラスを溶かして取り付けたり、閉じたりするのだが、上手くやらないと製品にはならないからだ。
 また、光電面をつくるときもアルカリの反応で難しい現象が起きて頭を悩ませることもあるそうだ。
 しかし、難しい問題を解決して製品を完成させたとき、上司から「よくやった」という言葉をもらうと、「通信簿でよい成績をもらった時のようで楽しい気分になります。やりがいがある仕事だと思うし、上司の協力、同僚の協力など、職場のみんなの協力があるため、よい環境で仕事ができています」と語った。


「経験から発見!」
浜松ホトニクス株式会社

 1秒間に地球を7周半まわる光。目に見えているようで見えない「光」の本質の解明に基盤を置き、またその利用方法を考え続けている浜松ホトニクス株式会社。
 1953(昭和28)年に設立し、現在は静岡県浜松市を中心に11の事業所と国内外あわせて15の関連会社を持つ。光電子増倍管(真空管)・光半導体素子の製造や、画像や光情報の取得・処理を行う各種製品を開発・製造している。
 「人のもの真似をしないようにしよう」「人が真似できないことをしよう」という社風があり、社員全員が研究者という気持ちで仕事をしている。
 浜松ホトニクスの製品の多くは、社員が日々の仕事中に発見したことやひらめいたことが取り上げられ、自分たちで研究しながらつくられている。
 製品は、血液検査・医用画像診断、材料分析・公害計測、カメラのオートフォーカス、光ディスク、コピー機・プリンタの紙検出、ビデオデッキなど様々なところに使用されている。
 また、暗闇でも人の姿が見える暗視鏡や、光の粒子一つひとつを数えられるほど、極端に暗い微弱光領域まで撮影が可能な微弱光撮像用カメラ、神経細胞が情報伝達するとき出るカルシウムイオンの濃度を分析する細胞内カルシウムイオン濃度解析システムなどの製品の製造のほか、製鉄所の圧延鉄板幅制御や、生産ラインの目視検査の自動化などのシステムの開発も行っている。
 90年代に入ってからは、天体の観測、人工衛星へ浜松ホトニクスの観測器を搭載するなど、宇宙事業への支援を行っている。
 浜松ホトニクス鰍フ従業員は2,132人。組合員数は男性1,250人、女性543人の合計1,793人。
 女性の多くは会社の間接部分の事務方でがんばって働いている。掛井さんのように製造部分(現場)で働く女性は少ない。
 「現場ではみんなフレキシブルに働いている。言われたことだけではなく、自分で改良・開発ができ、その人の腕で製品の良し悪しが出るところ。女性たちにもモノづくりのおもしろさを知ってもらい、どんどん現場で活躍して欲しいです」と大塚治司副社長は語った。


<<<戻る

ページのtopへ