JAM2011年春季生活闘争方針に関するQ&A



【1.賃上げについて】
Q1−1.連合方針の「1%」の中身と背景は
Q1−2.連合方針の「1%」はベアとは異なるものなのか
Q1−3.JAM方針に賃金の是正・改善に向けた1,500円の考え方は
Q1−4.是正・改善分の配分については、どう考えるのか
Q1−5.過去の賃金実態が分からない時や格差是正を目指すにはどうするのか
Q1−6.現行の賃金水準が、標準労働者要求基準の水準より高い場合は?
Q1−7.統一要求方式によらない賃上げ要求では、交渉の難航が予想されるが
Q1−8.賃金構造維持分の情報開示について、どう取り組むのか?
Q1−9.役割や職務を中心とする賃金制度における賃金構造維持分は?
Q1−10.賃金実態から賃金構造維持分を推計する方法は?
Q1−11.「連合が示す1歳・1年間差の社会的水準である5,000円」とJAMの実態値との関係は?
Q1−12.賃金制度の確立・又は賃金カーブの整備に向けた取り組みとは?
Q1−13.労使協議の場(労使協議会)で議題とすべき事柄は
Q1−14.賃金水準の長期低下の原因は。また、政策的な改善策は

【2.企業内最低賃金協定について】
Q2−1.何故、企業内最賃協定を締結しなければならないか?
Q2−2.企業内最賃協定を締結していない場合の取り組み方針は?
Q2−3.企業内最賃協定における協定額に対する考え方は?

【3.一時金について】
Q3−1.一時金要求の考え方は?
Q3−2.一時金要求基準の考え方は?
Q3−3.一時金年間4ヶ月の根拠は?
Q3−4.一時金の業績リンクに対するJAMの考え方を教えて下さい

【4.時間外割増率の引き上げについて】
Q4−1.割増率の引き上げは、時間外労働の短縮に通じないという反論に対しては?
Q4−2.「時間外労働時間」という場合に、休日労働時間はどのように取り扱われているか?
Q4−3.36協定が「月45時間」未満で締結されている場合、通常残業割増率を50%に切り替える時間外上限時間を、実際の36協定の時間枠に置き換えてもよいか?
Q4−4.均衡割増率とは、どういうものか?
Q4−5.日本の超過労働割増率は国際的に見て低いと言われるが、諸外国の割増率は?

【5.非正規労働者に対する処遇の改善について】
Q5−1.非正規労働者の処遇の改善にどのように取り組めばよいか?

【6.個別賃金の取り組みについて】
Q6−1.個別賃金に取り組む意義は?
Q6−2.要求で用いる賃金を所定内賃金としている理由は?
Q6−3.基本賃金をベースに個別賃金を要求し、交渉している場合に、所定内賃金への換算は?
Q6−4.学卒直入者が少なく35歳、30歳には学卒直入者がいない場合、連合やJCの個別賃金要求基準が高くて参考にならない場合、どう考えればよいか?
Q6−5.一人前労働者とはどういう労働者のことを言うのか?
Q6−6.今の実態が、JAM一人前ミニマム水準よりも低い場合の要求の組み立て方は?
Q6−7.現行の賃金が、一人前ミニマム基準より高く、標準労働者要求基準より低い場合は?
Q6−8.JAM一人前ミニマムでは、18歳〜50歳までラインがあるが、そのラインに沿って是正を行うべきなのか?
Q6−9.個別賃金の比較ポイントが、情報等では「30歳」と「35歳」の2ポイントに設定されているのは何故ですか

【7.賃金構造について】
Q7−1.「賃金構造維持分の確保」とは、どういう意味か?
Q7−2.「賃金構造」とは、どういうことをいうのか?
Q7−3.そうした「賃金構造」は、その企業や労使関係にとって、どんな意味を持っているのか?
Q7−4.成果主義と「年功賃金の見直し」とは?
Q7−5.賃金構造維持とベースアップとの関係は?
Q7−6.「賃金構造維持は経営の責任」という意味は?
Q7−7.「一歳一年間差」とか「内転原資」とは何のことか?

【8.成果主義について】
Q8−1.この間の成果主義型賃金制度の特徴は?
Q8−2.成果主義とはどういうものか?
Q8−3.成果主義型賃金制度の導入が提案された場合は?
Q8−4.賃金制度の改訂や改訂後の運用に対する労働組合としての留意点は
Q8−5.年俸制とはどういうものですか


【1.賃上げについて】

Q1−1.連合方針の「1%」の中身と背景は

 連合方針は、毎月勤労統計により、一般労働者(常用労働者からパートを除いた部分)の2009年の現金給与総額※が、ピーク時の1997年から5.1%も減少していることを指摘しています。その他に、賃金構造基本統計調査に基づく、同様の試算では、所定内賃金だけで7.0%も減少しているという結果も紹介されています。現金給与総額:月例賃金(所定内賃金+所定外賃金)に「特別に支払われた給与」(一時金)を加えたもの。

 連合方針では、こうした賃金の低下が、デフレの原因となってことを踏まえた上で、マクロ的な観点から「労働条件の復元・格差是正に向けた取り組みが必要」「すべての労働組合が1%を目安に賃金を含め適正な配分を求めていく。なお、産業・企業によってそれぞれおかれた環境には違いがあることについて相互に理解しあう」と述べています。

 基本的考え方は、労働者所得全体の長期的な減少を取り戻していこう、ということですが、長期的な5%以上もの所得減少に対し、毎年徐々にこれを復元していくという場合に、「1%」という数字が、目安としては妥当であろうという判断に基づくものです。従って、具体的直接的な計算根拠があるわけではなく、意味を強めるための目安として設定されたものであり、その内容には幅があります。

Q1−2.連合方針の「1%」はベアとは異なるものなのか

 現在はデフレ基調であり、物価上昇率に基づくベアを要求するということにはなりません。また、企業から家計への、マクロ的な配分是正という考え方は、2006〜2008年までの「賃金改善」と共通していますが、全単組による統一要求基準ではないという点で、この間の「賃金改善」とも異なっています。基本的な考え方としては「労働条件の復元・格差是正」であり、下がった部分、低い部分を引き上げるというところに重点があります。


Q1−3.JAM方針に賃金の是正・改善に向けた1,500円の考え方は

 ここ数年間に賃金水準が下がったところ、あるいは下がったと推定出来る単組において、その実態を確認しながら、1年で賃金構造維持分とは別に、1,500円の是正を求めるというものです。その低下分が4,500円ならば3年で是正、7,500円ならば5年で是正するという計算です。ちなみに、JAM組合員賃金全数調査によれば、2000年と2010年の2時点の賃金データが揃う300人未満の単組で、総原資に換算して※7,245円もの賃金低下が認められます。

※所定内賃金の年齢別平均を、2000年と2010年で比較する際に、全年齢加重平均の人員構成を2010年に統一して、両年の総原資を比較する方法による。


Q1−4.是正・改善分の配分については、どう考えるのか

 賃金低下が起こる前の賃金カーブに、そっくりそのまま戻す、あるいは全員一律に底上げする、という一律的な考え方を示すものではありませんが、将来の人材確保対策も視野に入れて、賃金構造(賃金カーブ)の中心となる30歳・35歳の水準の引き上げを重視した是正・改善が重要と思われます。若年層の是正は、2006〜2008年の賃金改善でもかなり進められたと思われますが、高齢者の昇給ピッチを寝かせて若年層の水準を上げるというやり方は、生涯賃金における世代間の不公正をなくしていくという考え方に立つものです。


Q1−5.過去の賃金実態が分からない時や格差是正を目指すにはどうするのか

 JAM一人前ミニマム基準、標準労働者要求基準に示された個別賃金要求基準を活用した個別賃金の取り組みを進めます(【6.個別賃金の取り組みについて】参照)。

Q1−6.現行の賃金水準が、標準労働者要求基準の水準より高い場合は?

 JCが提示する「金属産業にふさわしい賃金水準をめざす取り組み」基準(下記)も参考にして下さい。単組の持つ相対的に高い水準は、過去の労使の努力で達成してきたものです。当然のこととして、その高さを維持しなければなりません。さらに、経営側は、企業業績の良いときに企業の資産内容を良くしますが、労働条件も同様の意味を持ちます。業績の良いときに確保した水準でも、業績が悪化した場合には経営側から切り下げの提案が出る場合もありますから、水準以上の単組でも今ある賃金構造を維持する取り組みは重要です。
IMF−JC
【基幹労働者(技能職35歳相当)の「あるべき水準」】
* 目標基準 めざすべき水準  基本賃金 338,000円以上
* 到達基準 到達すべき水準  基本賃金 310,000円以上
* 最低基準  全単組が最低確保すべき水準  到達基準の80%程度(24.8万円程度)
※基本賃金は、所定内賃金から通勤交通費、地域手当、出向手当、生活関連手当(家族手当・住宅手当等)等を除いた賃金。
※目標基準は、賃金構造基本統計調査、製造業、生産労働者、1,000人以上、第9十分位を参考に算出。
※到達基準は、賃金構造基本統計調査、製造業、生産労働者、1,000人以上、第3四分位を参考に算出。

Q1−7.統一要求方式によらない賃上げ要求では、交渉の難航が予想されるが

 日本経済全体で、企業業績の持続的な伸びが期待できる、あるいは、消費者物価が上昇に見合った賃上げを要求する、という時に統一要求方式は労働運動全体で取り組むべき課題となります。しかし、現在はその何れの情勢にも当てはまらないと判断されます。

 その場合、要求根拠として、最も強い説得力を持つのは、個別企業内における賃金の問題点に対する是正です。大手の賃上げがゼロだから要求にはとても応じられない、という使用者の反論に対しては、大手はいくらの水準である、ウチはいくらの水準である、しかも、ウチの水準は過去よりも下がっている、これを是正することは、当然とは言わないまでも、経営者にとっても企業にとっても重要ではないか、という交渉を展開するためには、賃金の実態データに基づく個別賃金の取り組みが力を発揮します。


Q1−8.賃金構造維持分の情報開示について、どう取り組むのか?

 賃金構造維持分とは、賃金カーブの構造(形)を維持するために必要な原資のことで、賃金制度がある場合には、その内容に沿った、その年の、一人当たり昇給原資を指します。

 2010年春季生活闘争においては、賃金制度がなく、賃金構造維持分確保の交渉が困難な中小に、賃金構造維持分(昇格原資を含むものが望ましい)または個別賃金の水準を情報開示することが、JAMの共闘運動として重要な課題です。

 賃金構造維持分とは、労働契約に約束されたことであり、交渉事項ではないとする単組もありますが、その場合でも、要求・回答の形式で集約を行ない、JAMとしての「相場」形成に入れていきます。

Q1−9.役割や職務を中心とする賃金制度における賃金構造維持分は?

 役割や職務を重視する賃金制度で、いわゆる定期昇給がない、あるいは同一等級内での昇給は低く、昇給は主に昇格による、という場合に、賃金分布が、水平若しくは傾斜の緩い何本ものカーブになり、賃金構造維持分をカーブの傾斜(ピッチ)と考えると、その平均が1,000円前後の低額になってしまう場合があります。

しかし、高卒・大卒の初任者賃金から出発して、30歳や35歳で子供を育てながら家庭を営むことを考えれば(共働きとしても)、10年で1万円程度しか昇給しないシステムというのは考えられません。昇給の軌跡は、個別賃金の実態として存在するので、標準的な労働者が辿っていく一般的なカーブを把握し、そこから賃金構造維持分を推計する、あるいは、30歳か35歳の個別賃金絶対額水準の開示を行うようにして下さい。


Q1−10.賃金実態から賃金構造維持分を推計する方法は?

 賃金制度やテーブルがなく、組合員数も少なく、初めて取り組む場合は、個別賃金要求が分かりやすいと思われます。ほとんどの組合員が、JAM一人前ミニマム基準や年齢別最低賃金協定基準を下回っている場合には、簡単な例として、次のように組み立てます。

 基幹的な仕事をしている労働者のラインを決め、その一歳一年間差を賃金構造維持分とし、その他の労働者についても同額で要求します。基幹労働者のラインが、18歳〜30歳ぐらいの部分、それ以降の部分で、同一の傾斜である必要はなく、中高年齢者でJAM一人前ミニマム基準を上回っているような場合は、全体とのバランスを考慮して昇給カーブを緩やかにしていくことを考慮しますが、最低でも水準の低下は起こらないように組み立てます。



Q1−11.「連合が示す1歳・1年間差の社会的水準である5,000円」とJAMの実態値との関係は?

 連合が提示している「5,000円」は、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の産業計・規模計に基づく推計値ですが、JAMの賃金全数調査の全体計の数値は次表の通りであり、全体計では概ね5,500円を上回っています。JAMの平均賃上げ要求基準4,500円の設定根拠は前項に述べた通りですが、連合でも中小共闘の設定は4,500円であること、また、賃金実態が把握出来ない単組の多くが中小であることも踏まえて、実態値を重視した設定としました(今年は集約数が増えた関係で初めて4,500円を下回った)。

Q1−12.賃金制度の確立・または賃金カーブの整備に向けた取り組みとは?

 企業状況等を勘案した場合に、具体的な要求の組立てと提出が困難であると判断される場合でも、賃金実態の把握を行い、課題や問題点を洗い出し、労使協議を行い、然るべき是正に向けた、期間・原資等について、検討を進めましょう。

 賃金実態を把握し、それを踏まえて、18歳初任者賃金を出発点に、一定の勤続年数を重ねた一定の年齢ポイントにおいて、目指すべき賃金水準を検討していく方法としては、別掲の「個別賃金の取り組みについて」を参照して下さい。


Q1−13.労使協議の場(労使協議会)で議題とすべき事柄は

 何でも話し合うことができますが、組合員の労働条件に関することは、基本的には団体交渉で取り扱うことが原則であることを踏まえると、経営協議会では、経営に関わる事項が主たる議題になります。一般的に必要と思われる事項は、およそ以下の通りです。
(1)説明または諮問事項
@経営の基本計画に関する事項
A年次計画に関する事項
B生産・販売計画ならびに生産・販売状況に関する事項
C経理ならびに財務状況に関する事項
(2)協議事項
@重要な財産取得ならびに処分に関する事項
A設備投資計画ならびに新技術の導入などに関する事項
B職制機構の制定、改廃に関する事項
(3)協議決定事項
@会社の分割、合併、営業譲渡、事業所閉鎖・縮小・新設、海外における事業に関する事項
A人員計画に関する事項
B採用計画に関する事項
C異動、職種転換に関する事項
D教育に関する事項
E従業員の安全衛生、作業環境に関する事項
F従業員の福利厚生に関する事項
G公害防止など企業の社会的責任に関する事項
 また、生産・販売計画、生産・販売状況などは、36協定の遵守や年休取得とも関わってきますので、時間外労働や年休取得状況の実態についても、報告を受け、問題点があれば、解決に向けた協議を行うべきでしょう。また、非正規労働者、使用者が異なる派遣労働者、請負労働者に関わる事項も、協議事項とすべきでしょう。


Q1−14.賃金水準の長期低下の原因は。また、政策的な改善策は

 日本経済は、1991年のバブル崩壊以降、ゼロ成長に近い低成長、名目GDPが実質GDPを下回ることが多くなったデフレ基調を辿るようになりました。バブル崩壊までの春季生活闘争は、一定の経済成長を前提として、物価上昇分をベアによって取り返すという取り組みでしたが、低成長とデフレによって、春季生活闘争が、平均賃上げ方式によって果たしてきた、そうした機能が失われてきたのです。

 そうした状況のなかで、賃金制度を持っているところでは、賃上げは賃金構造維持分に収斂していく傾向を強めていきますが、多くの中小企業では賃金水準の低下が引き起こされました。加えて、この間に非正規労働者が著しく増加し、マクロレベルでの分配の歪みを助長していき、労働者所得の低迷と内需の不振が増幅しあう、デフレ状況が続いています。

 そのなかで、製品価格の引き下げ競争、値引き圧力が激化しています。連合が2007年に実施した公正取引問題に関する中小企業を対象とする調査では、製品価格の引き下げ要求があったとする企業が73.1%、そのうち85.5%が何らかの引き下げに応じていますが、その方法として36.8%が「賃上げの見送り・一時金の見直し」、20.8%が「正社員を派遣やパートに置き換えた」としています。

 昨年改正された独占禁止法では、優越地位の濫用について、新たに課徴金制度を導入しています。これについて、公正取引委員会は「優越的地位の濫用ガイドライン」(別掲)を策定し、JAMの政策・制度要求では、その「実効ある運用」を目指しています。



【2.企業内最低賃金協定について】

Q2−1.何故、企業内最賃協定を締結しなければならないか?

 企業内最賃協定は、
  @当該企業における組合員や従業員の賃金を下支えすると共に、
  A最低賃金法に基づく産業別最低賃金の審議に影響を及ぼすことが出来る社会的な機能を有しています。
 非正規労働者の処遇改善のために、労働協約の効果を社会的に広げることを制度趣旨する産別最賃の引き上げに向けに向け、あらゆる単組で、企業内最低賃金協定の締結と水準の引き上げが求められています。

Q2−2.企業内最賃協定を締結していない場合の取り組み方針は?

 企業内最賃協定を締結していない場合は、まず、協定の締結を目指すこととします。最も協定化しやすく、協定額の水準も高いのは組合員18歳最賃協定なので、最賃協定を締結していない単組では、まず、18歳以上の組合員を対象とする最賃協定の締結を目指しましょう。
また、企業内最賃協定には、協定の内容によって、
@18歳以上最賃協定(基幹労働者=組合員を対象とした最賃協定)
A全従業員を対象とする最賃協定
B年齢別最賃協定(基幹労働者=組合員対象)
  ――があります。
  1. 年齢別最賃協定は、正規労働者を対象とする賃金カーブとリンクした最賃協定であり、労働者の年齢(経験年数=スキル)に応じた最低規制という性質を持ちます。年齢別最賃協定は、中途採用者の初任者賃金の最低基準としても機能し、その18歳部分は18歳以上最賃協定と一致する関係にあります。

  2. 全従業員対象の最賃協定は、パートや契約社員等、当該企業の全直雇用者を対象とする協定です。賃金は仕事に応じて決まるものとすれば、その最低額は、学校を卒業して会社に入ったばかりの労働者の賃金(スキルゼロに該当する賃金)=初任給(初任者賃金)に一致すると考えることが出来ます。そこでは、役割、仕事、雇用形態による差がない出発点の状態を前提として、その賃金に差はないとする考え方(均等待遇)を採ることが出来ます。従って、全従業員対象の最賃協定も18歳最賃協定も一致する、というのが、最低賃金本来の原則です。

  3. しかしながら、全従業員対象最賃協定は、組合員以外の労働者をも対象とする最低規制であり、18歳以上協定よりも締結そのものが難しく、かつ、協定金額も低いのが一般的な傾向となっています。ここでは、企業内最低賃金協定の締結を目指すに当って、「何れか」の協定をまず締結することを、重視しています。

  4. 年齢によって賃金を規定出来ない制度の場合も、高卒初任者賃金に該当する賃金テーブルは存在しているはずなので、それを改めて企業内最賃協定として締結することを目指して下さい。


Q2−3.企業内最賃協定における協定額に対する考え方は?

基本的な考え方は、以下の通りです。
  1. 高卒初任者賃金(月例賃金水準)を所定労働時間で割戻した時間額を最低賃金協定額として要求することを基本とします。

  2. 高卒初任者よりも低い賃金が存在する場合(中卒基準、高卒中退者等)は、高卒初任者賃金に対応した最低賃金を基準にした減額等に関するルールを定めて対応することとします。

  3. 高卒初任者が実在しない場合は、JAM一人前ミニマム基準や、全数調査における当該地方の18歳労働者の最低賃金等を参照して、所定労働時間で割戻した時間額を目指しましょう。

  4. JAM一人前ミニマム基準18歳を法定労働時間で割戻し、地域別最低賃金の地域差に基づく設定基準は、従前通りとしますが、生活保護基準への是正途上にある地域別最低賃金では、大都市における大幅な引き上げが続き、地域間格差の拡大が新たな問題ともなっていますので、当該企業の実態に基づく設定を優先するようにして下さい。



【3.一時金について】

Q3−1.一時金要求の考え方は?


 2008年春季生活闘争までは、多くの企業で業績の回復が続き、それらを背景として月例賃金を中心とする賃金改善に取り組んできました。企業業績が低下していない以上は、使用者としても一時金を減額する根拠に乏しく、月例賃金の引き上げがそのまま年収の増加につながりました。

 しかし、2009年からの企業業績の大幅で急激な低下と雇用情勢の悪化は、一時金を低下させる大きな圧力となり、一時金の低下による年収低下が、家計に大きな悪影響を与えています。従って、一時金要求については、防衛の観点から、企業業績の回復も踏まえ、従前の基準を目安とした回復を目指します。


Q3−2.一時金要求基準の考え方は?

 一時金には、企業業績に応じて、という性質もありますが、その一定部分は明らかに固定的な賃金となってきた実態があります。特に人事院勧告の基礎データとなっている民間給与実態調査によっても1970〜1998年まで約30年間の実績として年間4.8カ月を下回ることがなく、年間5カ月基準というのはそうした実績を守るという考え方に基づいています。

 しかし、1998年以降の一時金支給月数の低下は著しく、JAMでは家計における一時金からの固定的支出部分を考慮し、最低でも年間4カ月を確保すべきという一時金ミニマム(要求とはリンクしない)を設定し、さらに全体がまずその基準に到達することを重視して、2004年以降は「最低到達目標」として年間4カ月も要求基準として取り組むこととしています(前頁グラフ参照)。

Q3−3.一時金年間4カ月の根拠は?

 家計における一時金からの固定的支出部分として、生活実態アンケートや家計簿調査等により広く定着してきた数値として「年間4カ月」があります。

 JAMでは組合員の生活実態に関するアンケート調査や家計調査を実施していないので、直接にそれを根拠付ける資料がありません。しかし、連合が最低賃金の取り組みのために、生計費の最低基準として試算している「連合・最低生計費の試算(埼玉県さいたま市版)」(2008年改訂)、同じく最低生計費として連合大阪が試算した「連合大阪リビングウェイジ(寝屋川市)」の年間最低収入に対し、JAMの年齢別最低賃金30歳の月例賃金水準(JAM一人前ミニマム80%水準を消費者物価指数地域差指数(県庁所在地)で地域別換算したもの)で月数を割り出すと(下表)、ほぼ16カ月となり、一時金の固定的支出部分として年間4カ月を推計することができます。

Q3−4.一時金の業績リンクに対するJAMの考え方を教えて下さい

 業績リンクといっても二通りの考え方があります。一つは、過去の一時金決定においても業績を無視していたわけではないことから、過去の業績と一時金支給月数との相関関係を明らかにして、今後の業績と一時金との関係式を作り上げる方法。もう一つは、利益を株主、明日への投資、従業員への配分へ三分割して一時金を決定する方法。導入の必要がある場合には、考え方として第一の方法を追求します。



【4.時間外割増率の引き上げについて】

Q4−1.割増率の引き上げは、時間外労働の短縮に通じないという反論に対しては?

 2010年4月1日の施行に向けた、厚生労働省の通達「労働基準法の一部を改正する法律の施行について」(2009年5月29日付基発0529001号)には、「時間外労働は本来臨時的なものとして必要最小限にとどめられるべきものであり、特別条項付き協定による限度時間を超える時間外労働は、その中でも特に例外的なものとして、労使の取組によって抑制されるべきものである。このため、労使の努力によって限度時間を超える時間外労働に係る割増賃金率を引き上げること等により、限度時間を超える時間外労働を抑制することとしたものである」との記載があります。

 割増率の引き上げは、時間外労働の削減に直接結びついていないにしても、法改正の目的として、時間外労働時間の抑制が明記されていること、割増率の引き上げと共に、時間外労働削減に向けた労使の取り組みが期されていることを重視すべきです。

Q4−2.「時間外労働時間」という場合に、休日労働時間はどのように取り扱われているか?

 36協定の労基署への届出に掛る時間外労働の上限基準は、厚生労働大臣によって告示されており、例えば、一カ月45時間を超える協定内容については、それ以下となるよう、指導の対象になりますが、そこには、法定休日における労働時間は含まれません。

 他方、労働安全衛生法に基づく医師の面接指導に掛る「時間外労働時間」は、「週40時間を超える労働時間」(厚生労働省「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」2001年12月)とされており、法定休日労働時間も含んだものとなっています。

 JAMの「労働時間に関する指針」では「月45時間を超える所定外労働時間に対する通常残業割増率を50%」としていますが、その場合の「45時間」には、休日労働時間を含むとしています。

 法により異なる「時間外労働」の定義
 36協定届出の内容:一日8時間または週40時間を超える法定休日労働を含まない時間外労働時間
 労働安全衛生法:週40時間を超える所定外労働時間(法定休日労働時間を含む)


Q4−3.
36協定が「月45時間」未満で締結されている場合、通常残業割増率を50%に切り替える時間外上限時間を、実際の36協定の時間枠に置き換えてもよいか?

   36協定の上限時間に休日労働時間が含まれている場合は、要求基準を上回る内容となりますが、より良い労働条件の確保を目指す趣旨に照らして、全く問題ありません。しかし、休日労働時間を含まない協定の場合には、休日労働時間を含む所定外労働時間が「月45時間」を超えた場合の規制を追加するか、改めて休日労働時間を含む上限規制を協定化する必要があります。

Q4−4.均衡割増率とは、どういうものか?

A = B となる割増率が均衡割増率
 所定外労働時間に対しては時間外割増賃金や休日労働割増賃金を支払う必要がありますが、その費用が雇用の増加に掛る費用と等しくなる割増率を均衡割増率といいます。仕事量の増加への対応として、割増率が均衡割増率を下回っているならば、所定外労働による方が、逆に上回っているならば、雇用を増やす方が、労働費用が安くなるという関係が成り立ちます。こうした雇用と所定外労働 の関係を踏まえた時、所定外割増率が均衡割増率を上回る時、その割増率はようやく所定外労働時間の規制要素として実効性を持つということが言えます。このことから、「長時間労働の削減」は同時に雇用の増加を促す要素でもあるという点が重要です。

 均衡割増率は、所定内労働時間に掛る労働費用と、所定外労働時間における労働費用の均衡点として求められ、その関係は次のように表わすことが出来ます。
A.通常の労働時間における労務コスト(時間当たり)
(月例賃金+月例賃金以外の労働費用)/所定労働時間
=月例賃金×(1+X)/所定労働時間 ※X=月例賃金以外の労働費用/月例賃金
B.所定外労働時間における労務コスト(時間当たり)
月例賃金×(1+所定外割増率)/所定労働時間
 厚生労働省の試算によれば、2002年の均衡割増率は 52.2% となっています。それとは別の資料(下記の通り)に基づく試算では、2005年の均衡割増率は 56.5% と試算できます。何れにしても、現行の時間外割増率25%、休日割増率35%は、均衡割増率に遠く及ばず、日本の低い割増率は、長時間労働の温床になっていると言えます。


均衡割増率の試算例
均衡割増率(%)=(一時金月割額+賃金以外の労働費用)/月例賃金×100
(1)賃金以外の労働費用
@現金給与以外の労働費用の現金給与額に対する割合=23.4%(2005年の状態)
 (2006年「就労条件総合調査」・調査産業計)
A一時金月割額=年間賞与額等905,200円/12カ月
B現金給与総額=決まって支給する現金給与額+年間賞与額等/12カ月
=330,800円+905,200円/12カ月
(2005年「賃金構造基本統計調査」・産業計・企業規模計・男女計)
C賃金以外の労働費用=(330,800円+905,200円/12カ月)×23.4/100
(2)月例賃金→所定内給与額=302,000円      (2005年「賃金構造基本統計調査」・同上)
(3)均衡割増率:56.5%
  (905,200円/12+(330,800円+905,200円/12)×23.4/100)/302,000円×100=56.5%



Q4−5.日本の超過労働割増率は国際的に見て低いと言われるが、諸外国の割増率は?

 主な諸外国の割増率は前頁表及び右表の通りです(連合資料)。先進諸外国ばかりでなく、アジア諸国でも、超過労働割増率は50〜100%である場合が多く、日本の低い割増率は、残業依存体質の温床になっていると言えます




【5.非正規労働者に対する処遇の改善について】

Q5−1.非正規労働者の処遇の改善にどのように取り組めばよいか?

 方針では、「直雇用の非正規労働者に対する、賃金、安全衛生、育児・介護等の処遇・雇用環境等に関する何らかの改善」をはかるとしていますが、同じ職場で働く労働者であるという観点から、当該の労働組合は、非正規労働者の労働条件に関する実態把握をきちんと行うということが、すべての基本です。
組合員でない場合でも、非正規労働者の処遇は、逆に、当該の労働組合が取り上げなければ、問題にされる機会がほとんどないという現実を踏まえ、積極的、意識的な取り組みをはかりたいところです。
処遇の改善については、企業内最賃協定による改善を含む、時間額の引き上げが課題となりますが、「底上げ」という観点から、一般労働者よりも高率の引き上げになることを考慮する必要があります。


【6.個別賃金の取り組みについて】

Q6−1.個別賃金に取り組む意義は?

 経済成長が長期的に続いた時代には、平均賃上げ方式による賃金の積み上げによって、賃金水準の向上が実現されてきました。しかし、90年代に入り、いわゆるゼロ成長時代を迎えると、総額人件費抑制と雇用形態の多様化が謳われ、全体的な賃金上昇の停滞、中小企業における賃金水準の低下、非正規労働者の増大によって、労働者全体に対するマクロ的な配分低下が、内需停滞の新たな要因として問題になっています。

 JAMは結成以来、賃金全数調査を基に、個別賃金の絶対額水準による各種の賃金比較が可能な態勢を整え、様々な格差を実態に基づいて是正していく取り組みを進めてきました。個別賃金絶対額を問題にしなければ、どんな格差も是正することは出来ません。賃金改善も賃金制度がない場合の賃金構造維持分の確保も、個別賃金データの把握と分析がすべての基礎であり、標準労働者要求基準やJAM一人前ミニマム基準の活用も含め、個別賃金論に基づく賃金水準絶対額の引き上げが重要となっています。

Q6−2.要求で用いる賃金を所定内賃金としている理由は?

 私たちは賃金の総支給額から税金、社会保険などを差し引いた手取り収入(生計費)で生活します。しかし、賃金項目は各社バラバラですから会社を越えた比較を行うのは、支給総額から時間外労働手当、深夜勤務手当等を差し引いた常昼勤務の所定労働時間に対応する所定内賃金から通勤交通費を差し引いた金額をJAMの所定内賃金と定義し、単組間の比較を行うことにしています。

 JAMで定義する所定内賃金 = 支給総額 − 所定外賃金 − 深夜交替勤務手当 − 通勤手当

Q6−3.基本賃金をベースに個別賃金を要求し、交渉している場合に、所定内賃金への換算は?

 JAMの定義する所定内賃金に合わせて、基本賃金に付加すべき家族手当などのモデルを設定し、基本賃金に加えます。


Q6−4.
学卒直入者が少なく35歳、30歳には学卒直入者がいない場合、連合やJCの個別賃金要求基準が高くて参考にならない場合、どう考えればよいか?

 中途採用者が多く標準労働者がいない、あるいは種々の調査に基づく標準労働者要求水準が高すぎるために、どう要求してよいか分からない等の問題を抱えている単組に対して、JAM一人前ミニマム要求基準を設定しています。JAM一人前ミニマム要求基準の水準設定は、JAMの賃金全数調査の全数集計の第1四分位数(賃金データを低い方から並べ、データ数全体の下位4分の1に該当する水準)を目安としながら、特に30歳までの賃金実態では企業間格差が比較的小さいことから、「若年層賃金の早期立ち上げにより格差を是正する」という考え方に立って、30歳の水準については、実態値よりも高く設定しています。

Q6−5.一人前労働者とはどういう労働者のことを言うのか?

 職場の中を見渡せば各人の仕事の違いが目に付くはずです。そうした様々な仕事の中で、一人前労働者について、次のように定義します。

 組立、部品加工、営業、開発など職種を問わず、一定のまとまった範囲の仕事について、緊急時対応や不具合チェックなど定型的仕事を除いた部分についても自分で判断し責任をもって行っている労働者

 一人前労働者に到達する勤続年数は、職場や仕事によって異なります。早い場合には3年、さらに5年・7年・10年という場合もあるでしょう。そうした「一人前到達年数」は、職場ごと、仕事ごとに「もうおまえも一人前だな」という言葉が使われる時期に照合すると考えてよいでしょう。ただし、比較的短い勤続年数で「一人前」となる職場や仕事では、一人前到達年数がそれよりも長い場合と比べて、一人前労働者の賃金水準も低くなる、という関係も踏まえなくてはなりません。
 JAMの場合、業種、職種が多様であり、「標準労働者」や「基幹労働者」について、一律的・形式的な規定が通用しません。しかし、「一人前労働者」という概念そのものは、すべての企業と職場に共通するものです。そのイメージは、個々の労使で、個々の実情に応じて確認出来るものであり、個々の賃金体系の中心点として確立していかなければならないものです。


Q6−6.
今の実態が、JAM一人前ミニマム水準よりも低い場合の要求の組み立て方は?

 一人前ミニマム30歳水準24万円に対し、A組合の30歳一人前の水準が22万円である場合、次のように要求を組み立てます。
1.30歳の要求ポイントを次の通り設定する。
(1)ミニマム基準から下方へ2%刻みの水準を目安として、現行水準の上位に接近した水準を要求水準とする。
(2)A組合の場合:22万円÷24万円=91.6% → 92%水準が目安となる。
@24万円×92%=220,800円 要求ベア額:800円
A24万円×93%=223,200円 要求ベア額:3,200円
B24万円×94%=225,600円 要求ベア額:5,600円


2.現行カーブの水準は下げないことを原則とする。現行賃金カーブを維持するための賃金構造維持分を確保する。
(1)賃金制度が整備されている単組は定期昇給分を含む賃金構造維持分
(2)賃金制度は整備されていないが賃金プロット図等によって賃金構造維持分が明らかに出来る単組は賃金構造維持分(「賃金構造維持分について」参照)
3.30歳の要求水準を223,200円とすれば、その場合の賃金カーブ全体にわたる配分も決定する。
4.上記の是正が達成されたら、同様にして、さらに上位水準への到達を目指す。

Q6−7.
現行の賃金が、一人前ミニマム基準より高く、標準労働者要求基準より低い場合は?

 一人前ミニマム基準を標準労働者要求基準に置き換えて、同様に取り組んで下さい。


Q6−8.
JAM一人前ミニマムでは、18歳〜50歳までラインがあるが、そのラインに沿って是正を行うべきなのか?


 JAM一人前ミニマムの賃金カーブは、現行の賃金水準を維持しながら、30歳、35歳のミニマム水準を確保すれば、結果としてそういうカーブが形成されるという考え方に立って設定されています。従って、そのライン自体を是正目標とするのではなく、個々の現行賃金カーブを出発点として、その賃金構造を維持しながら、30歳あるいは35歳における目標水準への到達を目指します。

Q6−9.
個別賃金の比較ポイントが、情報等では「30歳」と「35歳」の2ポイントに設定されているのは何故ですか

 「一人前労働者」の比較ポイントとして、「30歳」と「35歳」の2ポイントが最も妥当なものと想定されるからです。「30歳」は「一人前」への到達時点、「35歳」は完全に達している状態、あるいは「管理・監督職の直前にいる職場のリーダー格」という性質を想定することが出来ます。


【7.賃金構造について】

Q7−1.「賃金構造維持分の確保」とはどういう意味か?

 賃金制度を持っていない多くの企業では、これまでも、あるいは現在も、平均賃上げ方式による交渉を行っています。

 そこでは、原資の決定に軸足が置かれ、配分は経営に任せっきりで、一人ひとりの賃金水準について点検されていないことも少なくありません。それでも一定の賃上げが確保できれば、先輩の賃金水準に追いつくことが出来、結果として一定の賃金構造(賃金カーブ)が形成されてきました。

 しかし、この間、特に2000年代前半期における賃上げ凍結や賃金構造維持分に満たない低額回答によって、先輩の賃金水準に追いつくことが出来ず、それまでの賃金構造が維持出来ない事態も数多く発生しています。

 賃金構造維持分とは、そのように、それまでの賃金実態カーブに則り「先輩の賃金水準に追いつく」ために必要な原資を意味します。賃金構造維持分が確保されない場合には、たとえ自分の賃金は上昇していても、「先輩の賃金水準に追いついていない状態」となる結果、賃金水準の低下が引き起こされてしまったことになります。


Q7−2.「賃金構造」とは、どういうことをいうのか?

 各職場で、労働者各個人の賃金を、年齢や勤続年数の順に並べていくと、年齢や勤続年数が増えるに連れて賃金も上がっていき、ほぼ右肩上がりのカーブが描かれます。その姿は、必ずしも1本の線で代表されるわけではありませんが、そこで、おおよその傾向を線で示したものを「賃金カーブ」といい、それらの賃金カーブを内包した現在の賃金分布全体の姿を賃金構造といいます。

 これは、年齢と勤続年数にともなって、仕事のスキルが上がる一方、生計費も上昇することに対応しているもので、一般的には「年功カーブ」とも呼ばれています。


 欧米のように賃金が主として仕事や職種・職務で決められている場合や、成果主義型賃金体系の一種である役割だけで賃金が決められる制度の場合には、賃金は右肩上がりのカーブにはならず、職種あるいは仕事・役割ごとの水平線状になります。

 そこで、賃金構造というのは、長期的な雇用を前提に、職務経験や企業内教育を通してスキルアップし、それが地位や処遇の改善に結びつくという日本型の人事処遇システムを端的に示すものといえます。

Q7−3.そうした「賃金構造」は、その企業や労使関係にとって、どんな意味を持っているのか?

 一定の賃金カーブを内包する賃金構造の背景にあるのは、ある一定の仕事に対してその都度賃金を支払うという考え方ではなく、スキルアップと生活スタイルの変化に対応しながら、長期的な雇用関係全体を通じて、賃金を支払うという考え方であり、定年制もその中に含まれます。

 働く側にとっては、将来の生活設計を立てやすく、経営側にとっても、安定的な人材確保と企業内教育を通じた労働生産性の向上をはかりやすいという、労使双方におけるメリットが、そうした仕組みを支えてきたと考えられます。そこで、賃金構造とは、賃金分布の現状を示すだけでなく、若年者にとっては、その企業において自分が将来辿って行くだろう賃金のおおよその姿を示しています。

 これは、経営者が長い経過のなかで自ら作り上げてきたものであり、職場に賃金表や定期昇給制度がない場合でも、この賃金構造は事実上ルール化されているものと考えられます。すなわち、賃金構造というのは、その企業における人事処遇のルールを示したものといえます。

Q7−4.成果主義と「年功賃金の見直し」とは?

 成果主義の掛け声の下に、「年功賃金の見直し」が進められています。個々の実情は様々ですが、多くの場合、それは、賃金決定に占める評価部分を拡大する一方で、年功的部分の縮小・見直しはかろうとするものであり、その程度に様々あっても、年功的要素を完全に否定した制度というのは、ごく少数に過ぎません。また、どんな賃金制度にせよ、家族を含めた生活費を充足する賃金水準は、絶対に確保される必要があります。従って、いかなる賃金制度見直しの動きのなかでも、賃金構造の意義は、基本的には変わっていないといえます。


Q7−5.賃金構造維持とベースアップとの関係は?

 賃金構造維持というのは、全体から見た場合には、1年経っても賃金構造の姿が変わらずに同じ形を保っていくことであり、一人ひとりの労働者にとっては、1年経って昇給が実施され、同じカーブ上に位置する先輩労働者の賃金に追いつくことです。そうした一定の賃金構造が存在している場合には、労務構成が一定であれば、賃金構造の維持によって、経営側に新たなコスト負担は発生しません。

 これに対して、ベースアップとは、成果の配分や生活の維持・向上を目的に、この賃金構造(賃金カーブ)そのものを引き上げることを意味します。


Q7−6.「賃金構造維持は経営の責任」という意味は?

 勤続年数が1年伸び、年齢が1歳増えることに伴う賃金の上昇は、いますでにある職場のルールに基づくものですから、その上昇幅も職場ごとにほぼ決まっています。それは、職場に賃金表があればすぐに算出することができますが、賃金表がなくても、おおよその賃金カーブを描くことによって、おおよその数字をはじき出すことは可能です。

 この上昇分をきちんと確保し、全体としての賃金カーブを維持していくことは、現行の職場のルールを守ることであって、こうしたルールが損なわれるようなことになれば、みんなで協力して仕事をするといった職場の雰囲気は生まれません。経営者がこの賃金構造を維持しないとしたら、自ら作ってきたルールに反することになります。

 すでに触れたように、多くの組合員は仕事を通じたスキルアップによって先輩の仕事レベルに追いつき、それに見合った賃金が支払われることを期待して仕事をしているのですから、職場秩序を反映した賃金カーブを維持することは、職場ルールを維持する=職場のモラルを維持することであり、経営として当然負うべき責任といえます。

Q7−7.「一歳一年間差」とか「内転原資」とは何のことか?

 定期昇給と昇格昇給を合算したもの、つまり勤続1年と年齢1歳が経過した後の所定内賃金の増加額が「1年1歳間差」です。各年齢に一人ずつ実在者がいる場合、「1年1歳間差」の賃金上昇があっても労務コストは変わりません。最上位者の退職と最下位者の採用による入れ替えの結果、各個人の賃金は上がっていますが、その企業の賃金総額は1年前と変わらないのです。すなわちそこでは、定期昇給原資は、退職と採用によって、年齢的な労務構成の変化がなければ、昇給コストが吸収されるという意味で「内転原資」の性格を有しています。同じように、家族構成や任用構造も一定であると考えれば、昇格昇給も含む1年1歳昇給分も、直接的には労務コストに影響しません。

 実際には、労務構成の変化に伴い、これら昇給原資も労務コストの増減をもたらします。とくにここ数年間は、「団塊の世代」層の勤続年数増加が労務コスト増加の大きな要因になり、中高年層の賃金構造見直しの大きな背景となっていましたが、逆に2007年以降は、その世代が定年退職を迎えることになり、その分のコスト減少が見込まれています。


【8.成果主義について】

Q8−1.この間の成果主義型賃金制度の特徴は?

 近年ブームのように、数多く賃金制度の改訂が実施され、そうした全体の動きの中で、「成果主義」という言葉がスローガンのような役割を果たしてきました。そうした全体の動きに共通する特徴は、従来型の年齢・勤続あるいは潜在的能力といった年功的な要素に基づく「定期昇給」部分の縮小をはかりながら、賃金決定要素として、労働者個人が担う仕事・役割や成果を重視するという考え方の下に、従来の賃金構造を変更していくという点にあります。但し、こうした変更は、現行の賃金構造維持分を確保した上で行われるべきものであることは言うまでもありません。

 ここ数年の間に実施されてきた賃金制度改訂における特徴としては、内容も程度も様々ですが、およそ次のような点を挙げることが出来ます。
@目標管理制度(評価面接制度)の導入
A年齢や勤続年数によって昇給していく属人給(年齢・勤続給)の縮小・廃止
B評価給(能力給)における定期昇給的な部分の縮小
C従来の職能資格等級を大くくり化(職群化)と、昇給における昇格昇給部分の拡大
D昇給停止上限水準の設定
 賃金構造とは、これまで触れてきた通り、長い経過の中で作り上げられてきた職場あるいは企業のルールであり、その変更は容易なことではありませんが、企業をとりまく環境が大きく変化し、企業の存続にとって、その必要が生まれている以上は、労働組合として積極的に関与していくことが求められている、というより、労働組合の関与こそ求められています。賃金構造の意義を、過去、現在、将来にわたって理解し、それについて経営に直接提言できる労働組合の能力向上が求められています。

 また、「成果主義」に基づく賃金制度の改訂から数年を経て、当初予想されなかった様々な問題点に対する是正が、新たな課題となっている場合もあります。

Q8−2.成果主義とはどういうものか?

 成果主義の考え方は、労働者個人の自己実現要求や仕事に対する充実感を満たすことによって、より多くの成果をあげることを目的とするものです。経済のグローバル化を背景に、サービス化が進行し、製造業でも非定型的な仕事が中心となっている職場では、労働者自身が成果主義に基づく報酬体系を求める場合もあります。

 しかし、製造現場などチームワークが重視される仕事や作業の標準化が進んでいる仕事に対しては、成果主義の考え方そのものが適しません。あるいは、人件費コストの抑制をはかることを主たる目的として、「成果主義」の名前だけを借りたような制度の改訂・導入提案も少なくありません。そうした状況を見極めた対応が求められます。


Q8−3.成果主義型賃金制度の導入が提案された場合は?

 それまでは大手が中心だった成果主義型賃金制度の導入が、2003年以降、中小にも広がっていることがJAMの中でも指摘されています。「賃金構造の維持は経営の責任」という観点から、新しい制度によって、個人の賃金が、何らの移行措置もないまま、いきなり大幅に下がるような制度改訂や制度導入については、労働組合として反対せざるを得ません。またそのように労使の検討が十分でない制度の改訂や新規導入は、その後の職場に無用の混乱をもたらし、企業活動にとっても悪い影響をもたらし兼ねないことを、経営に対して強く提言していく必要があります。何れにせよ、賃金制度の改訂にあたっては、現在の実態、新しい制度の目的と趣旨、将来における影響や効果――等について労使で十分検討しなければなりません。

 他方、厚生労働省の「労働経済白書」2008年版・2009年版は、行き過ぎた成果主義の弊害を問題として取り上げていますし、成果主義を巡る様々な問題点が指摘され、この間の賃金制度改訂ブームに対する反省と批判が盛んに行なわれるようになってきました。何れにしても、職場の実情と現行の賃金実態を十分踏まえ、密度の濃い労使協議を図って行く必要があります。

Q8−4.賃金制度の改訂や改訂後の運用に対する労働組合としての留意点は

 JAMでは、以下の諸点を対応指針としています。

1.評価制度について
(1)評価制度に対するチェック項目
1)最低規制
2)評価の最大幅の設定
3)評価ランクにおける人員比率のチェック
4)評価基準の公表
5)評価結果の本人へのフィードバック
6)評価者教育への執行部の参加
7)苦情処理制度の確立
(2)評価制度に関する留意点
1)最終的にどのような分布図にしたいのか
2)評価基準は適切か。借り物でないか。職場の実状を反映しているか。職場の問題点を解決できる基準になっているか
3)評価者を含め、職場から信頼される運用が出来るか。
 2.成果主義型賃金制度について
(1)成果主義型賃金制度の導入要件
1)仕事の独立性が高く個人の成果が明白であること
2)成果を上げる条件が公平かつ十分に与えられていること
3)個人の仕事の成果が直接的金銭価値に結びつくこと
(2)成果主義型賃金制度への具体的対応について
1)導入の目的が、単に組合員の間に格差を付けるものでなく、組合員の仕事に対する満足感を高めると言い切れるか
2)導入されようとする職場の作業内容が、(1)の1)〜3)で示した項目(成果主義型賃金制度の導入要件)を満足しているか。
3)評価方法が適切であるか。特に成果の判断基準となるべき指標(評価基準)が客観的で適切なものであるか
 (上記1.(1)「評価制度に対するチェック項目」に基づく検討を行う)
4)本人希望による職場移動行われているか。移動可能人員以上の希望があった場合の選択は客観的で公平か。
5)収益目標を部門間に配分する仕方が公平か
6)個人や集団の目標達成の評価に当たって、個人または集団の責に帰せられない要素をどこまでカウントするか


Q8−5.年俸制とはどういうものですか

 ―― 厳密な意味での年俸制は、「賃金の全部または相当部分を労働者の業績等に関する目標の達成度を評価して設定する制度」(菅野和男「年俸制」日本労働研究雑誌408号)と解されています。年俸制は、1年間にわたる仕事の成果によって翌年度の賃金額を設定しようとする制度ですから、労働時間の量(割増賃金)を問題とする必要のない管理監督者や裁量労働制適用労働者に適した制度といえます。

 しかし、導入に当たっては、労働協約・就業規則の変更が必要であり、変更の合理性が問題となります。当然、目標設定とその評価についての手続きと苦情処理の手続きが公正なものとして制度化されていることが必要だと法的にも解釈されていることに留意し、Q20−2.(2)「成果主義型賃金制度への具体的に対応について」に準じた対応が必要となります。

 年俸額は、毎年の個別交渉によって決定されるので、業績評価による個別的引き下げが起きることにも留意し、その場合の限度額を明記する等の協約が別途必要になります。さらに、一般的かつ一様の引き下げも考えられます。この場合は、年俸制の枠組み変更が必要となり、そのための労使交渉が必要となりますが、個別的引き下げと一般的かつ一様の引き下げの違いについての区別が明確になるような仕組み、年俸額の個別的変更に関して、労働組合が職場別、ランク別にその評価内容を把握し、評価結果の分布等をチェックできるような制度が重要になります。

以 上